NICKY HOPKINS
ニッキー・ホプキンス

1944 - 1994





回はニッキー・ホプキンスです。

ビートルズ・ファン、フー・ファン、ストーンズ・ファンなら、

当然、知ってますよね・・



BIOGRAPHY
DISCOGRAPHY




- 私とニッキー・ホプキンス -


私は昔、アレルギー体質でした。

で、口に入れる物はやたらと成分表を見るクセがありました。

ですから、マーブル・チョコの表面の堅い部分など、「卵の殻で出来ている」というような事も子供の頃からの、このクセで知っていました。

体質の直った今でも、ビールの成分表を見て「エビスとモルツは本物だな」とか、「○○のウォッカはフィリピン産なんだ」とか言っては友人に神経質だと言われます。

別に神経質ではなく、色んな物のプロフィールを見るのが楽しくなってしまったのですが・・・


このクセは、レコードなどにも及びました。

初めてニッキーを聴いたのはビートルズの「レボリューション」でしょうが、その時はクレジットも無く判りませんでした。

意識し始めたのは、ストーンズやベック・グループなどを聞き始めてからです。

やたらニッキー・ホプキンスという名前が隅っこに出てくる。

気になり始めたらたまらない。

ジョン・レノンの「ジェラスガイ」の流麗なピアノを聴いて、もっと聴きたくなりザ・フーなどを聴きました。

たぶん、ニッキーを知らなければフーもキンクスも聴いていなかったかも・・・・・

ま、友人にこんな事を言っても、変わっていると思われるので「フーは激しいのが好きで聞き始めた」などと嘘ぶいていますが・・・





- エドワード -


ビートルズファンの人なら、なぜ「レボリューション」に参加しているのか気になりますよね?

バイオグラフィーにも書いてますが、ジミー・ペイジに騙されて(言い過ぎ?)ニッキーのセッション活動は65年からスタートします。

で、ザ・フーの「
Anyway, Anyhow, Anywhere」の演奏を聞いてミック・ジャガーが気に入りセッションに誘うのです。

二人はニッキーがシリル・デイビス・R & B・オールスターズでクラブ回りをしている62年頃からの顔なじみでした。

ストーンズの方が前座だったのですが。

で、依頼の曲とは「
We Love You」です。

この曲はビートルズの「All You Need Is Love」のセッションに参加したミックが「お前等が愛してくれるなら、俺らも愛してやるぜ」と作った曲です。

「All You・・・」のセッションに来てくれたお返しにジョンとポールもコーラスで参加です。

この時にニッキーはビートルズと関係を持ちます。で、「レボリューション」の歪んだ電気ピアノを披露するのです。

このことが、のちにビートルズの面々がソロになってからの仕事に大きく関わるのです。

特にストーンズに彼は好まれ、81年の「Tattoo You」まで「
6人目のストーンズ」と呼ばれるほど、絶妙なサポートをしています。

彼がストーンズに愛されていたというのはこのページの上のジャケット「
ジャミング・ウィズ・エドワーズ」を見ればわかります。

(いきさつはバイオ参照)しかし、ストーンズの正式メンバーにはなっていません。

私が思うに、ストーンズにはイアン・スチュアートが居ましたから、彼を押し退けてまで正式メンバーにはなれなかったのでしょう。

イアンはブギ・ウギを弾かせたら最高のプレーヤーでしたが、ストーンズが色々なジャンルに手を出した頃、ニッキーのようなプレーヤーが必要だったのでしょう。

(故イアン・スチュアート=本来ストーンズの正式キーボード奏者だが、デビューの際ルックスが悪いとサポートに回される)





−初代レッド・ツェッペリン参加!?−


ジェフ・ベック・グループの「トゥルース」というアルバムに「ベックス・ボレロ」という曲が収録されています。

実はこの曲ベックとジミー・ペイジが、まだヤードバーズ時代にレコーディングしたものです。

メンバーは
ジェフ・ベック(G)、ジミー・ペイジ(12stG)、ジョン・ポール・ジョーンズ(B)、キース・ムーン(D)、ニッキー・ホプキンス(Key)でした。

ヤードバーズとフーがオフの時の録音です。

キースはこの時このメンバーにボーカル、ベースにジョン・エントウィスル(サ゜・フー)を加えて、ツアーに出ようと提案します。

このメンバーだと鉛の飛行船で空を飛ぶような物だと「
レッド・ツェッペリン」というバンド名までキースは考えてます。

しかし、ペイジはベースはジョン・ポール・ジョーンズのままで、ボーカルに第一候補にスティーブ・ウインウッド。

第二候補にスティーブ・マリオットにしようと提案。

各マネージャーに交渉までしていますが断られ、計画は中断。

そうする内にヤードバーズとフーの活動再開となり、この計画は葬られます。

結局、この時の録音の「ベックス・ボレロ」はモノ・バージョンは、ジェフ・ベックのソロ・デビュー・シングル「ハイ・ホー・シルバー・ライニング」のB面に納められ、その後モノ・バージョンと同テイクで、エンディングが少し短いステレオ・バージョンが「トゥルース」に納められます。

ヘビーなバンドのアイデアとバンド名はジミー・ペイジが引き継ぐのですが、ジェフ・ベックはこの事でアイデアを盗んだとして、ジミーを怒っている記事を時々見ます。

ニッキーの話から逸れましたが、機会が有ればツェッペリンとベック・グループを聴き比べてください。

目指す物の同一性が判るはずです。





- 国境を越えて -


正式メンバーといえば、ジェフ・ベック・グループがありますが、最高のメンバーにも関わらず(ロッド・スチュワート、ロン・ウッド、ミッキー・ウォーラー等)ジェフの統率力の無さの為、すぐに空中分解。

ジェフ・ベック・グループ時代に出来たコネクションを活かして、アメリカのロック・シーンでも活躍します。

この頃の活動では、スティーブ・ミラー・バンド、ジェファーソン・エアプレインが有名ですが、なんといってもクイックシルバー・メッセンジャー・サービスへの正式加入でしょう。

このQMS時代をニッキーのベストとする人も多いようですが、ここではこれぐらいで。

(話が長くなるし、QMSだけのサイトも多いため)

ただ、ニッキーが一番ドラッグの思い出話が出てくるのがこのQMSの話をするときのようです。




- 最後に -


マーク・ボラン、ジョージ・ハリスン、バッド・フィンガー、ベイ・シティー・ローラーズ、ショーゴ・ハマダ (えっ、浜田省吾?) など、ニッキー・ホプキンスの話をすると終わりが無いぐらいの仕事量です。

別項のジャニス・ジョプリンのように、僅かの活動時期で人々の記憶に残るスターもいれば、ニッキー・ホプキンスのようにサポートに徹して数多くの名作に携わっているが、目立たない人もいます。

もし、ディスコグラフィーで該当する作品が貴方のコレクションに一枚でもあるなら、ニッキーの演奏に耳を傾けて欲しいです。

私は「ジェラスガイ」、「シーズ・ア・レインボー」、「悲しみのアンジー」、「ライス・プディング」などは、ニッキーのピアノ有っての名曲と思っています。

地味な存在でしたが、紛れもなくロック・スターです。

しかも、多くのミュージシャンに愛されていました。

1994年9月6日 心不全と胃病からこの世を去ります。

しかし、彼の残した数々の名演はずっと私たちの心に響くでしょう。

たとえ、その演奏が彼の物だと気付く人が少なくても・・・・・・



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