JIM MORRISON
ジム・モリスン

1943 - 1971





アメリカのロック界に、同時期に3つの彗星が表れ、同時期に消えていきました。

ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリスンです。

今回は詩人ジェイムズ・ダグラス・モリスンです。

彼もまた、刹那に時代を駆け抜けたロック・スターでした。




BIOGRAPHY
DISCOGRAPHY




- ザ・ドアーズ -


「ドアーズなんて知らない」っていう若い世代の人の為に、彼らの実績だけを簡単に。

1968年のヴィレッジ・ヴォイス誌の人気投票で、ジム・モリスンはその年の最高ヴォーカリスト賞をとり、ドアーズとしては新人グループ賞。

キーボードのレイ・マンザレクはエリック・クラプトン、ラヴィ・シャンカールに続いてベスト・ミュージシャンの3位。

ファースト・アルバムは、ビートルズの『サージェント・ペパーズ』に次いで、ベスト・アルバムの2位。

デビューアルバムを初めとして、出すアルバムが5連続ゴールド・ディスクでした。




- 家族なんかいらない -


フルネーム/James Douglas Morrison (ジェームズ・ダグラス・モリスン)

生年月日・出身/1943年12月8日、フロリダ州メルボルン

身長・体重・色/5フィート11インチ、145ポンド、ブラウン・ヘアー、ブルー・グレーの瞳

家族構成/死んだ

住所/ロサンゼルス、ローレル・キャニオン〜夜はすばらしい

学歴/セント・ピーターズバーグ・ジュニア・カレッジ、フロリダ州立大学、UCLA      

結婚/独身

演奏できる楽器/リード・ボーカル

好きなグループ/ビーチボーイズ、キンクス、ラヴ

好きなシンガー/(フランク)・シナトラ、(エルヴィス)・プレスリー

好きな俳優/ジャック・パランス、サラ・マイルス 

好きなテレビ/ニュース   

好きな色/ターコイズ

趣味/競馬   

スポーツ/水泳

女性に望むもの/髪、瞳、声、歩き方  

デートは?/話す  

計画・抱負/映画制作

(デビュー時のパブリシティ用プロフィールより)


ジャニス・ジョプリンが死んだ時、遺言の為に、彼女の亡骸は家族の元に届かず、残された家族は、自分達に対するジャニスの家族愛の無さに苦しんだと訊く。

ジムもまた、上記のプロフィールにあるように、家族を自分の歴史から葬った人間である。

ジムの家族に関しては、バイオグラフィーを読めば判るのだが、『死んだ』というのは嘘である。

本人が亡くなっているので、勝手に彼の心理面を想像して、なぜ『死んだ』と言ったのか、ここで語るのは避ける。

ただ、結果的に、この嘘が良かったと私は思っている。

彼の人気は当時、猥褻なヒーローであった。

また、レコード・ジャケットを見れば判るが、バンドというより、ジムをメインとしたキャラクターで売ろうとしていた。

つまり、ドアーズのメンバー全員の名前を知らなくても、ジム・モリスンといえば悪名轟くヒーローだった。

もし、ジムの家族と判れば、世間は白い目で見たであろう。

ジムの亡骸もまた家族の手元には届いていない。




−詩人−


本来なら、ここでサウンド面を語っているのだが、あくまでジム個人なので、彼の仕事で言えば『詩』という事になる。

ジョン・レノンの詩で『LOVE & PEACE』を堪能したのなら、ジムの詩も体験してほしい。

私はロックの作詞者でいえば、この二人が双璧と思っている。

どちらが上とは当然言えない。ただ、絵画でも、ミレーのような牧歌的な絵、ダリの抽象画、どちらも一流であるのだから。

どうしても、我々日本人は、洋楽だとメロディーから入るので、なかなか歌詞には目が届かない。

イーグルスの『ホテル・カリホルニア』がトレンディー・ドラマに使われて、『歌詞の内容わかってるのか?』などと思う事も有ります。

といって、ジムの詩が必ずしも優れた詩ばかりで無いこともあります。

私のもっているジミヘンの音源の中に、ジミのライブに飛び入りのジムが、詩を即興で朗読した物が有ります。

バックは当然ジミヘン。それにジョニー・ウィンター、バディー・マイルス他、である。

ギターリフに合わせて、泥酔状態のジム。

『まさか、ジミヘン、ジョニー・ウィンターのステージではやらないだろう』と思った私の思いとは別に、スピーカーからはジムの嗄れた声で、放送禁止の言葉のオン・パレード。

これだけ、最低な言葉を並べられるのは、逆に天才ですね。

ジミヘンはじめ、周りの人間、困っただろうなと思いながら聴いてました。


こんな事を書くと、勘違いされそうですが、彼の本領発揮の詩は、もっと哲学的なんですよ。




- 交友関係 -


上記でも書いたように、ジム・モリスンは詩人であり、他のロッカーにサウンド的な影響を受けたというような事を余り聞きません。

ただ、同時期に生きた二人のロッカーとの交友の話は出てきます。

それが、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリンです。

その交友といっても、親密なのかどうかは不明ですが。

68年頃、あるパーティーでジャニスと飲みまくり、肩をくんでゴキゲンだったかと思うと、いきなりジャニスの髪を掴み、自分の股間に押しつける。

ジャニスは必死にもがき、ジムを振りほどき、バス・ルームへ逃げる。

みんなが、ジムを車に押し込めた時、追いかけて来たジャニスが、車のドアを開け、瓶でジムの頭を殴るという事があった。

ま、その後も二人は一緒に飲んだりしているようだが。

ジミ・ヘンドリックスに関しては先に述べたように、度々ジミのギグに乱入しているようです。

彼らにどれほどの連帯感があったのかは判りませんが、ジミが死に、ジャニスまでも死んだ時には、かなりナーバスになり、一緒に居た友人に『
お前は3番目に死ぬ人間と飲んでいるのだよ』と言ったらしい。




-ホントに出したのか? -


FBIまでが動き、ジムを有罪にしようとした『マイアミ事件』。

ようは、ステージで、出したか、出してないかという事なのだが。

現在では出してないというのが有力説。ビートルズのキリスト発言並の事件でした。

『リビング・シアター』の『パラダイス・ナウ』に影響を受け、ライブの際に、この劇のように、ストリップをしかけたのです。

実際には、スボンの下に下着も付けていたらしいのですが、裁判の際、ドアーズを快く思わない体制側の用意した証言者達は、ジムが自慰行為までしたとされた。




-女達 -


ジムから切っても切れない物、酒とドラッグ、そして女性である。

無名時代から、死を迎えるまではパメラという女性がいるのだが(映画『ザ・ドアーズ』では、メグ・ライアンが好演)他にも、何人かの女性とつき合っている。

有名な所では、ニコだろう。

ニコは画家アンディー・ウォーホールの取り巻きの一人で、ヴェルベット・アンダー・グランドとの競演でも有名である。
(この人も数々の男性遍歴の後、イビザ島で1988年7月18日に命を落とす

年齢不詳で、ドイツ生まれ。

16歳でモデルとなり、映画『甘い生活』に出演。
アラン・ドロンの子供を出産。

ブライアン・ジョーンズの紹介でレコードデビュー。プロデューサーはジミー・ペイジだが、まったく売れず。

ニューヨークに拠点を移してからはウォーホールのファクトリーに出入りする。ジムと出会うのはこの頃である。


(音楽面ではロックの相関図ではあまりつながらないけど、ニコを媒体とする相関図でジムはブリティッシュロックとの関わりもあるな。

ちなみにニコの他のボーイフレンドはアラン・ドロンからはじまり、ブライアン・ジョーンズ、ルー・リード、ジュン・ケイル、ジャクソン・ブラウン、ボブ・ディラン、イギー・ポップ等である。)




- 映画 -


オリバー・ストーン監督の映画『ザ・ドアーズ』(写真右下が映画のポスター)である。

ジムの役にヴァル・キルマーが起用されているのだが、ソックリである。

この人は『トップ・ガン』でアイスマンと呼ばれるトム・クルーズ演じる主人公のライバル役や、映画シリーズの『バットマン』の2代目として主役で有名。

ソックリさんでデビューして、他の作品にも出るのなら判るが、この映画はこのヴァル・キルマーがいなければ出来なかった映画だろう。




- 最後に -


ジムを未だに生きていると信じている人は多い。

彼は、パリで死に、墓地もパリに有るのだが、葬儀も簡素でわずかの人間しか出席せず誰も棺の中のジムを確認しなかったという。

風呂場で死んでいたというのも、パメラからの話である。

以前から『自分が死んだとしたらどうなるのだろう?』とか、ドアーズを売り込む為に、自分の死亡説を流そうと周りの人間に言っていた。

このジム・モリスン生存説はロバート・ジョンソンのクロスロード伝説(ロバートは悪魔と取引して、ギターの腕が上達したとされている)とならぶミステリーにされている。

真相を知っているパメラもジムの死の3年後に亡くなった。





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