RICKENBACKER WITH
John Lennon


- ジョンの使った4つのリッケン -


*なぜリッケン?*


ギターとハーモニカの名手、トゥーツ・シールマンス。彼が手にしているのは330F。
最初にメンバーの中で、リッケンを手に入れたのはジョンでした。
彼は伝記の中でも語っていますが、50年代イギリスでも人気のあったジョージ・シアリング・クインテットのギタリスト、
ジーン・トゥーツ・シールマンスがリッケンバッカーをプレイしているのを見て気に入ったとの事。
写真がトゥーツ・シールマンス。

58年のNAMM Showの時のものであるが、彼の左にジョンの手元に届く325と同タイプの物が見える。

ジョンの325自体、NAMM Showに出された物でそののちドイツのスタン・ウェイ・ミュージックに納品された。
ひょっとしたら、写真の325はジョンの手にする325そのものかもしれない。
拡大写真。

これが本当にジョンの手に渡るものなら、一大発見かも。


*1958 325 Mapleglo*


写真1


写真2


写真3
ジョンはハンブルグで演奏活動中していたころ、ふと立ち寄ったスタン・ウェイミュージックで325を手に入れる。

先ほどジョンの物はNAMM Show の物と言ったのだが、ジョンの写真1を見て欲しい。4つの(一個取れてるが)TVチャンネルノブが付いているのですが、本来のリッケンのノブの位置と違います。

それに、4コントロールになるのは59年から。

想像だが、ジョンは2コントロールのNAMM Showの物を入手後、59年の物のように改造したと思われます。

次にビブラート・ユニットだが、写真1の様に最初はコフマン・バイブローラーというユニットが付いていました。

このドク・コフマンの発明のユニットは非常にクセが有り、普通のビブラート・ユニットがボディー面に対して垂直上下運動で弦のピッチを変えるのに対し、コフマン・バイブローラーはボディー面に対して、水平にコントロール・ノブの方向に動かす事によりピッチを変えるのです。

つまり、通常の演奏時には弦の横にアームがセットされたままなのです。








その後、写真2にも見れるビグズビーのB−5というビブラート・ユニットに変える。

余程コフマンは使いにくかったのだろうと思います。

この後、ピック・ガードが割れ、ボディーにもクラックが入り、63年3月に大がかりなリペアが行われる。

ピック・ガードの交換。ボディーのリペア。ブラックへのリフィニッシュ。

コントロール・ノブはヘフナー製となる。

この後、ヘフナー・ノブは一個、また一個と無くなりる。

で、再度リペアに出され、コントロール・ノブはアルミ製の物へ。ピック・アップ・セレクター・ノブの交換。

と、それぞれバーンズ製の物に変えられています。写真2参照。











この325は64年のアメリカ・ツアーの途中まで使われ、現在の姿は写真3のように、元のように黒のリフィニッシュは落とされ、ピック・ガードは白い物に交換されている。


よく、解説本とかで、ハンブルグ時代の物とデビュー当時の物を2本としてカウントしていますが、1本が正解と思われます。





















*1964 325 Jetglo*


写真1

トレードマークのボックス・パイソンのストラップ。

弦にタバコ。

クラプトンの、あのタバコをヘッドに挿
す仕草、ジョージのマネという説も有
るが、ジョージはジョンのマネだった
らしい。


写真2


ジョンの325を弾くジョージ。
ストラップは裏返し。

もし、あなたがビデオ「THE BEATLES THE FIRST U.S. VISIT」をお持ちなら見直して欲しい。

このビデオはビートルズが初めてアメリカへ行った64年のドキュメンタリーです。
アメリカでの日程ですが、ここでは64年の325に関係する部分だけ書きます。
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2月9日 日曜日

朝からエド・サリバンショーの最終リハーサル。

ジョージは体調悪く、朝のリハには不参加。


その後、ジョージが加わり、2月23日分の収録。


夜、エド・サリバンショー生出演。


2月11日 火曜日

ワシントン・コロシアム・コンサート


2月15日 土曜日

次の日のマイアミのドーヴィル・ホテルからのエド・サリバン・ショーのリハーサル。

2月16日 日曜日

リハーサルを経てマイアミからのエド・サリバン・ショー生出演スタート。


2月21日 金曜日

 帰国。

2月23日 日曜日

エド・サリバン・ショーで、9日収録分を放送。

ここでエドが「最後の出番です」と言って演奏が始まりますが、上記の通り、これが実はアメリカで最初のプレイだったのです。

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となるのだが、ワシントン・コロシアムまでは前出の58年325。

ここで話する64年325が登場するのは
2月16日のマイアミからのエド・サリバン・ショーなのです。

エドの紹介でカーテンが開くと、ピカピカの64年325がジョンの手に。

写真2で判るようにジョンはアームを曲げてしまっているけど、まだこの時は曲げられていない。

まとめると、
64年の325の公式デビューは1964年2月16日。
イギリスではなく、意外にもアメリカ。

最初の演奏は「シー・ラヴズ・ユー」。

(「THE BEATLES THE FIRST U.S. VISIT」では編集が施されてあり、「フロム・ミー・トゥー・ユー」が一曲目になっている。)

2月16日の直前にジョンの手元に渡った。

映像では23日のサリバン・ショーも入っているが前記の通り、収録が9日なので58年335。

64年の325が58年325と大きく異なる点は、ミキサー・コントロールを加えた5コントロールとピック・ガード。

ボディー厚は38mmと薄く、ヘッドがスリムになった。

ジョンの注文で作成されたこの64年325、64年はリッケンが全シリーズのモデル・チェンジの時期だった為、64年前後の仕様が混ざり合っている。

ピック・アップやペグは64年以前の物。
丸形ブッシュ、ネーム・プレート、ピック・ガード、コントロールは64年以降の物になっています。



*1964 325/12 Jetglo*


写真1


写真2


写真3
次は3本目の325。

64年325/12という12弦ギターのお話。

写真1を見て下さい。ショート・スケールです。

なおかつ、64年には、サウンド・ホールの無い325は生産されて無い為、このサウンド・ホールの無い325/12はジョンの為に作られた物と思われる。

325/12というモデル・ナンバーは、普通リッケンだと3桁のモデル・ナンバーの末尾が5の場合、ビブラート・ユニットが付くのだが・・・・











パーツなどは、64年の325とほぼ同じ。

異なる点だけ書いておきます。

まず、ネーム・プレートにMADE IN U.S.Aの文字が無いのが写真2を見ると判る。テイル・ピースはコの字型のフラット・タイプ。ペグ(糸巻き)は縦横交互に並ぶ12弦用のヘッド。などです。


この64年325/12は64年3月にリッケンバッカーからビートルズ側に送られました。

リッケンの12弦はギブソンや他のメーカーと異なり、メイン弦が上、オクターブ弦が下という順序ではられており、さらにフラット・ワウンド弦を使用の為、低音のシッカリした音になっています。


この325/12は余り使用されずにステージのバック・アップ用として、ジョンの後ろに立てかけられている写真を見かけます。

























写真3は見えにくいですが、トレモロ・ユニットが無いのと、ヘッドから325/12と確認できます。


そのサウンドは? ということなんですが、上記のようにほとんど使われていません。

しかし、熱心なファンの方ならご存じのエピソードですが、「ビートルズ・フォー・セール」の中の
「エブリー・リトル・シング」のレコーディングの時にジョージが遅刻をして、ジョンのリードでレコーディング作業を行います。

この時の12弦こそ、ジョンの弾く325/12の音と思われます。












*1964 1996 (325)Fireglo*

最後の325は前のページのローズ・モーリスの項でも触れたFホールの付いた、325です。

ローズ・モーリスのモデルなのでここでは一応
1996と呼ぶことにします。

1996は、ローズ・モーリスが宣伝効果を狙ってジョンにプレゼントしたものですが、ジョンが使用している姿はほとんど見かける事がありません。


写真は65年頃のステージの楽屋入り口でしょうか? 片手にハーモニカ・ホルダーを持っている所から、セットに
「アイム・ア・ルーザー」がはいっていたのでしょう。

ストラップは愛用のヴォックス・パイソンを使っています。







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